2012年03月15日

【3.11】色んな考えを経て。


いつになく真面目で長い日記になると思いますので悪しからず。


去年の3月11日。
ワタクシことマイコは家におりました。

阪神大震災の時同様、少し耳が詰まったような気がし、直後に縦揺れがありました。

家は軽量鉄骨の4戸しかないアパート。
すぐに大惨事になるとは判断せず、収まりかけたと同時にフェレットのキャリーとエサ、自分の常備薬を準備しました。

テレビをつけるとすでに地震が大規模であることが報道されていて、
阪神大震災のとき電話が全数繋がらなかった覚えのあるマイコは、とりあえず電話やメールを控えることにしました。


その日の深夜だったか翌日だったかに、仙台に住むフェレ友さんに連絡をし、
無事が確認できた時、ようやく恐怖と現実感がぶわっと湧き出てきました。


どうしたらいいんだろう。


しちゃいけないコト以外でなんかしなくちゃ。


考えるより先に動いてしまう浅はかなマイコは早くも焦っていました。



その後、インターネット環境がないが携帯で情報を得られる方々がいると知り、携帯に情報をテキスト形式にしてアップしたり、
ネットのコミュニティの方や、主体バンド“バンキンガール”のメンバー、BeLL'Sのバンドマン、スタッフ、hamajoのモデルちゃんたちの協力を得て、
生活用品や衣類などの物資支援をさせていただいたりしました。

自分でも自己満足かもしれないとか、偽善かもしれないとか、色々な想いを抱きつつ。



同時期に、我らが地下音楽室“新横浜BeLL'S”では、節電をしながらのライブを始め、寄付を募り始めました。


良くも悪くもマイコ同様「衝動的行動派」なジャンボ社長によって、いろんなチャリティイベントなんかもありました。


ただ、中には「こんな時に音楽なんて」という人々はいて。

決まっていた出演バンドが辞退したり、ライブを続行していることに疑問を感じている人も大勢いました。


言いたい事はよくわかったし、動きたい人が、意義があると思える人がやらないと意味ないな、と思ったので、異論はあまりありませんでした。


でもマイコは「じゃあ何もしない」という選択ができなかったんです。



それから1年を経て、横浜はもう完全に通常な暮らしを送れる街になりました。

けれどもBeLL'Sは、コツコツ寄付金を募り、チャリティアルバムを作り、地道な支援活動を続けています。


そんな中であがった「入場料無料のチャリティライブ」案。

やると決めたら徹底してやり通す(※良くも悪くも!w)ジャンボ社長に、脱帽しました。


このライブハウス不況の時代に無料って!


実際ご両親が被爆による避難勧告地域に住んでいた彼にとって、他人事ではないというのは勿論あると思いますが、
多分彼は被災地がどこであれ、縁のある人無い人関係なく、音楽の力でなんとかしようとするんだろうなぁと思います。


根っからの音楽バカなんですよね。


マイコも、言われなくてもその日は手伝うと決めてました。



けど、当日。



必死に準備するスタッフ、バンドマン。
開場と同時に場を盛り上げる参加者たち。
ライブが始まり、そのたびに募る寄付金。
被災地に定期的に足を運んでいた冨山さんの撮ってきた記録写真の展示。
入場料無料だからか、いつもより賑わう会場。



たくさんの笑顔。



だんだん、自分が何をしているか解らなくなってしまったんです。


当然ボランティアやチャリティは押し付けるものではなく。
しかも音楽の力を借りて、現実的な「寄付金」を集める事が前提で。


つまりは楽しんでいる事に罪悪感を感じることも、嫌悪感を募らせるけともしなくていい筈なのに。



常にザワザワする気持ちが、ついて回りました。



後半。

写真を展示してくれた冨山さんによる、スライドショーでの解説が入りました。


ただ事実でしかない信じられない光景。

冨山さんが現地の人たちと交わした会話。


終わる頃には、もう涙が止まりませんでした。




多分悔しかったんだと思います。

自問自答しているエゴイストな自分とか、この1年を必ずしも必死で生きてきたと言えない自分とかが。


失礼というか。

失礼とかお前何様?みたいなのとか。



いろんな感情がゴチャゴチャになって、収拾つかなくなっちゃったんです。


その後暫くの間、心ココに在らずな状態でカウンターに入っていたのですが。



ふと、フロウズンの雅奥くんの声が、妙にくっきりと心に響いたんです。



「なにげない毎日が明日また来るように」みたいな。
(え!?まさかのうろ覚え?)



とにかく「まず自分が自分で自分の幸せを大事にしなくちゃいかん」みたいな。ニュアンスの歌詞があって。



その時少し、心の霧が晴れました。


被災者じゃないことを申し訳なく思うエゴも、被災者の方々の気持ちを勝手に想像することも、どっちもトンチンカンな話で。

同じ日本で、自分が必死で生きていなければ、なんの意味もないような。

そんな気になれたんです。


で、帰りにK&Kの大ちゃんに送って貰いながらそんな話をしてみたら、大ちゃんも大ちゃんで色々考えた1日だったという話になり…



なんにせよ、形として寄付金は集まった。
それをどう捉えるかは人次第であって当然の事で。
やらないで後悔するなら、できないで後悔した方が何倍もマシだ。



と。言われ。



そこでようやく「自分が良いと思って参加したことに、ゴチャゴチャ言う事自体が支離滅裂だったな。」と思えたのでした。


いつ何があってもおかしくない現実なら、とことんやっておこうじゃないか。

コレが今のところのマイコの答えです。



半年後には9.11がやってきます。

たくさんの人が自分の意志に関係なく命を奪われた日。


その日もおそらくBeLL'Sではイベントが行われます。

こういった物事が、平和な明日につながるきっかけになればと心から願ってます。


mico65


posted by mico65 at 19:40| Comment(0) | ■ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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